こんにちは、分かりやすさNo.1社労士の先生の先生、岩崎です!
今回から全6回にわたり、「ハラスメント法制の歴史と未来」と題した連載をお届けします。ご承知のとおり、2026年10月1日から、カスタマーハラスメント対策と求職者等に対するセクハラ防止措置が、すべての事業主に義務付けられます。
顧問先からの相談が今後確実に増えるテーマですが、この大改正の意味を本当に理解するには、条文の暗記ではなく、我が国のハラスメント法制がたどってきた歴史の流れをつかむことが一番の近道です。難しい制度も、原理と時代背景を押さえれば理解は簡単。第1回は、すべての出発点となったセクシュアルハラスメント規制の誕生から話を始めましょう。
法律ができる前の職場風景
想像してみてください。今から30年ほど前の日本のオフィスには、女性社員の名前だけが並んだ「お茶くみ当番表」が、当然のように貼り出されていました。
お茶くみやコピー取りは女性の仕事、結婚したら退職するのが暗黙の了解。そんな固定的な性別役割分担意識が、職場の隅々にまで浸透していた時代です。
当時、性的な言動に苦しむ女性労働者がいても、それを受け止める法律上の枠組みはありませんでした。「その程度のことで騒ぐな」という空気の中で、被害は個人の我慢の問題として処理されていたのです。我が国のハラスメント法制は、まさにこの状況、すなわち女性労働者の権利保護という文脈から産声を上げることになります。
1997年、均等法改正という歴史的な第一歩
我が国でハラスメント対策が初めて法的に位置づけられたのは、1997年の男女雇用機会均等法(以下、均等法)の改正です。この改正で、職場におけるセクシュアルハラスメント対策が、事業主の「配慮義務」として初めて明文化されました。
ここでのキーワードは「配慮義務」という言葉です。配慮義務とは、読んで字のごとく「配慮してくださいね」という緩やかな義務であって、具体的な体制整備までを強制するものではありません。それでも、国が法律で「セクハラは職場の問題であり、事業主が向き合うべきものだ」と宣言した意義は計り知れません。被害を個人の我慢に押し込めてきた時代に、初めて風穴が開いた瞬間でした。
2006年、「配慮」から「措置」へ
転機は2006年の均等法改正です。この改正で、配慮義務はより実効性の高い「雇用管理上の措置義務(措置義務)」へと格上げされました。相談窓口の設置や再発防止対策といった具体的な取組が、事業主の義務として明確に定められたのです。
「配慮してください」から「体制を整えなさい」へ。この違いは実務上、決定的です。措置義務であれば、行政は事業主に対して具体的な取組を求め、指導することができます。そして重要なのは、この「事業主に措置を義務付ける」という手法が、その後のパワハラ防止、マタハラ防止、さらには2026年のカスハラ対策に至るまで、一貫して用いられる日本型ハラスメント規制の「型」になったことです。この型の意味と限界は、連載の後半でじっくり検討します。
対価型と環境型 — 今に生きる基本の整理
均等法上のセクハラは、性的な言動への対応によって解雇や降格などの不利益を被る「対価型」と、性的な言動により就業環境が不快なものとなる「環境型」の2つに整理されました。この2類型の整理は、現代の職場における防止規範の基礎となっています。研修や規程整備の場面で必ず登場する考え方ですから、先生方も顧問先への説明で日常的に使っておられることでしょう。
こうして振り返ると、我が国のハラスメント法制は、固定的な性別役割分担意識の是正という出発点から、職場における心理的安全性と就業環境の保護へと、規制の目的を深化させてきたプロセスとして理解することができます。1997年と2006年に築かれた土台の上に、今日のハラスメント法制全体が乗っている。まずはこの見取り図を押さえてください。
第1回のポイント
1997年の均等法改正でセクハラ対策が事業主の「配慮義務」として初めて明文化され、2006年改正で相談窓口の設置等を求める「雇用管理上の措置義務」へと格上げされました。この「措置義務」という手法こそ、以後の日本型ハラスメント規制に共通する基本の型です。
次回は、セクハラとは対照的に、法律の整備が大きく遅れたパワーハラスメントの物語です。法律が追いつかない空白の時代に、裁判所が下した3つの重要判決が、その後の法制化への道を切り開いていきます。「傍観者の責任」を問うた衝撃の判決とは。どうぞお楽しみに!
次回予告
第2回「法律より先に裁判所が動いた — パワハラ法制化までの長い道のり」。川崎水道局事件、国際信販事件、トナミ運輸事件という3つの重要判例を手がかりに、民法の一般条項がハラスメント規範を形づくっていった過程をたどります。
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